片雲さくら

きみの友だち (新潮文庫 し 43-12)

評価:
重松 清
新潮社
¥ 620
(2008-06-30)
由香ちゃんがいじらしくて
こぼれても こぼれても
知り合い?友達?親友?それとも・・・
思い入れというものがある。それはモノでも人でも生き物でも、愛着というものを感じてしまえば、自分のだろうと他人のだろうと知らない人の内緒のものだろうと、失われるという事実に遭遇することは悲しかったり、さびしかったりするものだろう。
だから、そういう瞬間がくるんだよって警告のもと進む話なだけに、その準備をして臨むつもりでいたのに、やっぱり泣いてしまうのはしょうがないことだろう。
それよりも、そのあとに用意されていた「グランドフィナーレ」が温かくて、泣いた。
いい終わりだった。結びといえばいいのだろうか。

自分の言葉で遠ざけてしまった子、うまく付き合おうとして浮く子、ちょっと理解の浅い子色々いる。それなりに頑張っている。友だちがいなくなるのは怖いから、さびしいから。だから、仲間になろうとしない子が目だってしょうがない。二人っきりなんてそっちのが寂しいはずなのに、なぜか楽しそうに見えたりする。友達ってなに? 親友じゃないの? 名前で呼んでもいい?

「わたしは『みんな」って嫌いだから。『みんな』が『みんな』でいるうちは、友だちじゃない、絶対に」
渦中で、その結論に行きつく子はあんまりいないんじゃないかと思う。
昨日優しかった子が、今日は無視するってこともあるし、理由なんて人によるわけだから重いも軽いもない時代だったんじゃないかと思う。中学なんてとくに。それが本心だとが、目でわかるとか、まずないんじゃないかと思う。だから断定的な理解力の深さを見せるところはちょっと、目線の違いを感じたな。
というより、またいうけど「きみ」って言い方がやっぱり嫌いなんだわ(笑、変わらんなぁ、私)
やっぱり上から目線に聞こえる。それが一人称だったところにつっこんで来られるから、どうにも心を見透かすってのを通り越して、強く指で押さえながら「ここ、傷口だね、血が流れてるね」って言われているような気持ちになる。
そんな卑屈な私でも納得できる、温かい「フィナーレ」だった。ダラダラと涙溢れる終わりでした。
章の始めで「きみ」を特定するくだりに違和感を覚えながらも、「あ、そういうこと」って。
読み進めてよかったねって気持ちになりました。


JUGEMテーマ:Book review
TOPへ
スポンサードリンク

スポンサーサイト

TOPへ
応援! ブログ村ランキング | - | - | -
Comment
It comments.









    
Trackback
Trackback URL of This Entry
http://komimisyobou.jugem.jp/trackback/737
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>

rss atom 管理者ページ
Selected Entry
Recent Comment
Recent Trackback
Categories
Archives
About
 
Recommended
無料ブログ作成サービス JUGEM