片雲さくら

2017年1月8日

年明けに最愛のペットとお別れしました。
 

 

 

 

実家で飼ってたコーギーのひなちゃんですが、
去年、具合が悪くなり、病院で診てもらったところ、脾臓の肥大と尿結石など、内臓にいろいろな悪いものが見つかりました。
尿管の結石は細か過ぎて取り切れないので手術しても無理だろうといわれました。
去年の1月ですね。

以前ヘルニアの手術をしてから足の震えが止まらなくなったこともあって、
高齢だし、100%助かるとは言えないといわれると、
まだ歩けるし、食事もするし、元気といえば元気だから、
手術はやめようという判断をしました。

もうその時から、覚悟を決めなければいけないと、みんなわかってはいましたけど、
それでもその日はまだ来ないものだと思ってました。

子供のころも犬を飼ってたことはあるのですが、実は一度もかわいいと思ったことはありませんでした。
餌をあげに行けば吠えるし、散歩では振り回され、
私が飼いたいといったわけでもないのに、押し付けられたり、
いなくなったり(何度か盗まれたか、勝手に家出したり)、食べちゃいけないものを食べて具合悪くなったり、
存在自体いやだなぁと思ってました。

暫くペットを飼うことはなくなってたのですが、
姉の子供を少し実家で預かることがあって、そのあとの寂しい気持ちを埋めるために
「犬飼いたい」と妹が言い出したとのことです。

犬種の違いもあるかもしれませんが、とにかく性格がよい犬でした。
性格というより、本当に家族の言ってること、思ってることに気の利く子だったと思います。
「ダメよ」と言われたことは、強い調子で言わなくてもわかりました。
病院の日よとか察しよく、今日はこっちへ行くのね、とでもいうように病院に向かって歩き出したりして。

それでも、出かけるよというときには「どこ行くの? 連れてって」とでもいうように吠えまくったり。
私などは実家で暮らしてるわけではないし、たまに泊りに行くだけなのに、
「またね」と家を出ようとするともう、それはこちらが悲しくなるくらい、悲しい寂しいという風に吠えまくります。
出迎えも、「きゃー、待ってた。遊ぼ!」とでもいうようにはしゃいで走りよってきて、立ち上がって抱きついてきたりしました。

驚くことに電話すると、呼び出し音がなるまえに、私だと指摘したそうです。
他の人からの電話には反応しないのに、わかってるみたいだと。
そして、「来るってよ」と伝えてしまうともう、玄関で待ってるそうです。
「週末だから」と説明しても、それはわからないらしく、「まだ? あとちょっと?」でもいうように玄関から離れないので、週末行くよというタイミングも考えるほど。
だから、「バイバイ」をしないと家でずっと探してしまうので、どんなに悲しく吠えられようと、お別れはちゃんとしないとダメと言われいつもなかれて、寂しい思いを引きずりながら実家を出てました。

お手、おかわりも待てもすぐ覚えましたが、「ちょうだい」というのも覚えました。
覚えましたというより、わかっているように、それちょうだいという仕草をします。
待てっていうから待ってるんですとでもいうように、ホントにわかってるのかと思うくらい聞き分けのいい子でした。

だから、トイレは外でしかしたことなかった子なのですが、
もう病気が見つかる前から、歳のせいもあって階段も億劫だとか、夜や、
どうしても家人全員出かけてしまうときとかもあるので、
トイレは室内のここでしてもいいと、教えても、しませんでした。
我慢できずにしてしまったこともあるようですが、そのあとの申し訳なさそうな気落ち具合がもっとかわいそうで、「いいんだよ」といっても申し訳なさそうにしてたそうです。
ホントにいい子でした。

去年病気が見つかってから、散歩もどんどん距離が短くなってきました。
「じゃ抱っこする?」散歩に飽きると抱いて帰ることも増えてて、そういうと片手をあげて「じゃお願い」というようにしてたのですが、
病気が見つかってから、触られることを嫌がるようになりました。
抱っこも拒否するようになり、
リードを外して、室内では毛が抜けるので洋服を着せてましたが、それも困難になるほど、触られることを極端に嫌がるようになりました。
きっとおなかに触られると痛いとか、抱き方によっては苦痛があったのかもしれません。

だからちょっと噛むようになりました。
「触るな」ということでしょう。威嚇のつもりが、つい歯が届いてしまうこともあったかもしれませんが、妹などはかまってほしくてしつこくしたこともあって吠えられたりもしながら、
噛まれてもそれでも抱きかかえてトイレに連れていくのは妹の役なので、うなりながらも一緒に行ったりして、
ぐったりと具合悪そうにしてても、廊下まで追いかけて噛みつこうとしたり。
まだ元気だなと思ったりもしてました。

夏が終わる頃でしょうか。もう触らせてくれないというので、家にいくと
私の隣によってきて、私の手を鼻で押し上げて頭を撫でてと、いつもの仕草をします。
噛まれまくってる家族にうらやましがられながら、ずっと頭や背中をなでてやりました。「こんな時もあったのにね」と涙ぐみながら、みんなで眺めていると少し温和な気持ちになったのか、食事中のおねだりも、私以外でも撫でさせてくれて。


12月に入ってもう散歩もしないし、食事も全然食べない時もあるとのことで、
年末ちょっと食べたことないだろうものを買って帰りました。
ちょっとずつちぎってあげると食べるので、餌に混ぜて食べさせたりしました。
いつもなら撫でてと、食べ終わったあと寄ってくるのですが、少し離れたところですぐに寝てしまいます。
歩こうとしても、後ろ足の筋肉がなくなっているので支える力がなく、もつれてました。
それでも、家族で楽しそうに食事をしていると、父のそばへ寄って行ったり、寝場所を求めてうろついたりと、動き回っていました。
足が弱って支えられなくなっていることにショックを受けましたけど、なんとか歩いてるので、大丈夫かなと思ってたんです。
正月休み、「バイバイ」しても横たわってなにか言いたそうに見てるだけでした。
が、その日夜に吐いてから食事をしないとのことで、週末また実家へ。

土曜の日は寒かった。
こたつの部屋にひなちゃんのベッドにしてる毛布をしき、ずっと家族で過ごしました。
寝てばっかりだったのに、ぜいぜいとして苦しそうで。
ほかの人のブログや動物病院の情報など探りながら、液体状のものや好きだったアイスなど少量を鼻によせてみても嫌がりました。
ぜいぜいするときに水を小皿に乗せてやるとようやく舌を伸ばしたので、ストローなどでちょっとずつ、口にこぼしてあげたりしました。

明るくしてたせいで眠れなかったのかと、いつも寝ている母の部屋へベッドを移しました。
ホントはそのまま隣で寝たかったけど、静かにしてあげることで眠れるならと、
そのまま寝ることにしました。

翌朝、妹の声で起こされ飛び起きました。
吐いたそうです。
慌てて飛びよると目をむいたまま、息をしてない感じでした。
何度も呼んで、水を上げて、抱きかかえて。
医者に行く準備をしてた父と妹に。
玄関で一声、弱々しく鳴きました。

すぐに帰ってきました。
診察台に載せたときにはもう、「心臓が止まってます」と医師に言われたそうです。
土曜日連れてった時点で、脾臓肥大と腎不全、貧血、高血圧などいろいろ言われてましたので、もしダメだと思ったら連れてきてくださいとはいわれたけど、それは、手の施しようがない先の選択だとわかっていたので、ならないことを願ってました。
「ぜいぜい言ってる」ことも電話で相談しましたが、脾臓が破裂すると悲鳴にならない吠え方をするからと、言われました。
そうならなかったのが救いです。
苦しかっただろうけど、そこまで痛い思いはしなかったのではないかと、
あるいは、この子なりに、いつもどおりに、家人に迷惑かけないようにしたのか、
とにかく、みんながいるときに、夜ではなく、朝をまって、
逝ってしまったのかもしれません。

病院から帰ってきたひなちゃんの身体をきれいにしてあげて、
いつものふとんに寝かせてあげました。
父が覆いかぶさって号泣してたことに、わかっていたけど涙がとまりませんでした。
こんなにいい子はいなかったです。ありがとう。そういってました。
正直、父がここまでかわいがるとは思ってなかったので。そうさせたのもこの子の力だし、この先そういう子はおそらく現れないでしょう。

犬の目は閉じられないんですと医者に言われたそうですが、
撫で続けているとすこしずつ、閉じることができました。
お香を焚きながら、ずっと撫でてました。
亡くなっても毛並みは変わらないんですね、すべらかで。
でも徐々に冷たくなっていって。

家族で話して、納骨してもらうことにしました。
正月明けで翌々日ならということした。
翌日は会社へ行き、思い出の写真を加工したりして、
翌日葬儀屋さんがきたとき、一緒にいれてもらう写真は枕にしてもらい、
少しのおやつと花束を手に抱えるようにして包まれました。
「ご病気でしたか?」と葬儀屋さんにいわれ、骨が弱ってて小さかったですと伝えられるとやはり苦しかったのかなと思いました。

それでも最後はおだやかに眠っているような顔だった。
お別れまで、みんな何度も抱きしめていた。
「夜中にね」母がいいました、寝てるときに足をバタバタして走ってるようだったと。
走ってる夢を見ているんだろうなと思ったと。
「ひな?」と声をかけると静かな寝息に変わったと。
きっとみんなで出かけてた日の夢を、最後に見ていたのでしょう。
また、いっぱい走れるね。
好きなだけおやつ食べてもいいよ。
みんなずっと、そばにいるからね。

そう言って別れました。
家に帰るとき、もうあんな風にはしゃいて走り寄ってくることもないのかと思うと涙がでました。
落ち着いたつもりでも、こうして思い起こして書いていると涙がでますが、
ちゃんと、普通に仕事してます。

14年と2か月。
私は実家から離れた人間ですが、つないでくれたのはひなちゃんだったと思います。
旅行にいくより、誰より会いたいと思う子でした。
大きな存在でした。
天国であの子に心配されないように、これまで以上に家族を思ったり、
生活していけるよう頑張ろうと思いました。
 

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